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| てん犬君 |
私が生まれたのは九州は佐賀市の外れで、小学校に上がる前の昭和6〜7年頃ではまだラジオは近所でも金持ちの2〜3軒の家にしかありませんでした。子供の特権で何回か上がり込んで聞かせてもらったものです。当時アンテナは長い竿竹を屋根の端と端に2本立ててその間にアンテナ線を渡したものを使用していました。ある夏夕立が降ったとき近所に大音響と共に落雷がありました。雨が上がったあと見に行くと、アンテナの竿竹が落雷のためテッペンから根本までささらのように割れて四散していました。落雷の凄まじさにビックリしました。
長じて熊本で陸軍幼年学校の教授の家に下宿していた時、夕立でずぶ濡れになって帰って来た先生に驚きましたが、先生は平然として夕立の時は急いで歩いた場合とゆっくり歩いた場合とではどちらが濡れ方が少ないか最適の歩行速度はどうなるかベクトル図を書いて考えてみろと言われました。先生は陸士在学中に騎乗していた馬が横倒しになり片足が下敷きになり片足を切断して義足の身でした。退役後独学で大学卒の資格を取り数学の教授となられた方でした。
今は夏の暑さは体に応えて少しイヤですが、少年の日の長い夏休み、水泳ぎ、蝉やトンボ取り、山登り、親戚の家に泊まりに行く、夏祭りの屋台、道祖神のある家々に煮豆を貰いに回る、家の前の縁台で近所のおじさんの話を聞く等々少年の日の懐かしい思い出は尽きませんが、終戦後間もない頃、県庁前お堀端の貫通道路を三々五々歩く平和に満ちた夕べの散策と、真っ青に晴れた夏空に輝く入道雲は忘れる事が出来ません。今でも純白の雲は大好きで飛行機に乗ったら飽きず雲海を眺めています。
| 雷は純粋に自然現象であり人為的にコントロールする術はありませんが、人間社会に与える影響は甚大なものがあります。最近ではスペースシャトル「コロンビア」の墜落や原因不明の大型旅客機の墜落も雷が原因ではなかったかと言われています。ことほど左様に雷の高電圧は凄まじい破壊力がありますが限られた防護策しか無い高空に較べて、地上ではいろいろの防護策があるので地上の電気設備で被害を生じさせる事があれば電気管理技術者の名折れになるのではないかと私自身自戒しているところです。 |
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